ボン美術館での「マリア・ラスニッヒ: ステイング・アラート」展

adf web magazineMaria Lassnig, three ways to be, 2004, Ursula Hauser Collection, Kunstmuseum Bonnadf web magazineMaria Lassnig, Lady with brain, Oil on Canvas, 1990-1999, Maria Lassnig Stiftung, Kunstmuseum Bonnadf web magazineMaria Lassnig, self abstract/beehive self, Oil on Canvas, 1993, Maria Lassnig Stiftung, Kustmuseum Bonnadf web magazineMaria Lassnig, Three graces, Oil on Canvas, 2011, Kunstmuseum Bonn Sammlung KLCoadf web magazineMaria Lassning, Self-portrait with speech bubble, Oil on Canvas, 2006 Maria Lassnig Stiftung,Kunstmuseum Bonnadf web magazineMaria Lassnig, Du oder Ich, Oil on Canvas, 2005 Private collection, Kunstmuseum Bonnadf web magazineMaria Lassnig, Two ways to be (Double selfportrait), Oil on Canvas, 2000, Maria Lassnig Stiftung Kunstmuseum Bonn

「マリア・ラスニッヒ: ステイング・アラート」

一目ではマリア・ラスニッヒ(Maria Lassnig)の作品はよくわからない。色味もポップで美味しいキャンディーの様だから、甘いものに惹かれて近寄ると何かが違う。何が違うのか?

キャンディー色とは真逆で何か、実は悲劇が起こっている様な気にもさせるから。それがラスニッヒの作品のパラドックス。見てみたい?それとも見てみたくない?

マリア・ラスニッヒ: ステイング・アラート("Maria Lassnig: Staying Alert")、40点ほどの作品がボン美術館にやってきた。

ラスニッヒの作品をどうしても見てみたいと私は列車に乗り約3時間、ドイツの西部に位置する町 ボンまで足を運んだ。近隣の都市はケルンやデュッセルドルフになる。

本展覧会は2022年5月8日までボン美術館で開催されている。言語と無言、写真と絵画など、テーマごとに分けられた展示スペースで、彼女の思考の創造的な対比を展示している。

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Maria Lassnig, three ways to be, 2004, Ursula Hauser Collection, Kunstmuseum Bonn

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Maria Lassning, Self-portrait with speech bubble, Oil on Canvas, 2006 Maria Lassnig Stiftung,Kunstmuseum Bonn

本展示会での作品の幅は広い。

初期の頃の自画像から、アニメーションフィルム、アブストラクトな作品まで展開されている。 一番私の興味を惹いたのは作者のセルフポートレイト的ではない作品だ。自らの裸体や部位が宇宙人のように変形したり、手がなかったりとジョークとも取れる様な、笑っていいのかよく分からない曖昧な形やモチーフの描写。

五体満足だったラスニッヒは何を表現しているのだろう。

彼女の表現方法にルールはない。綺麗に自分を描くつもりもない。 これはラスニッヒ、あなたの自画像ですか? あなたの体は痛い? 面白いの? そして、あなたは誰?あなたは何者?

自分への問い、アイデンティティー、感情、エネルギー。形が無いものへのかたち。

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Maria Lassnig, Lady with brain, Oil on Canvas, 1990-1999, Maria Lassnig Stiftung, Kunstmuseum Bonn

私たちの持つ身体という”殻”と意識はどう結びついていてビジュアル化できるのか? 感情は果たして”殻”の一部なのか?

ルーズな絵筆使いで描かれたそれらのカタチは作品を見るものにも問いかけてくる。

そのヘンテコなカタチは時に、ウルトラマンにも登場する怪獣を彷彿させる。もしかすると私達の内奥にはモンスターが存在してるのかもしれない。あなたもそういう瞬間を味わったことはありませんか?

そのモンスター的なものはエネルギー体であり、形を取らない秘めたもの。示すところは感情にも似た様なところかもしれない。きっとこのモンスターは普遍的で皆が持ち合わせていて、そのドアを開けたり閉めたりすることができるのではないのか。

ラスニッヒのそのドアは開けられ、通り抜けることができその場所を吟味することすらできる。

観ているうちに私の内側がグサグサとシャベルで掘られていくような感覚になっていった。

キャンバスを絵の具で埋めない、ドローイング的な要素のある油絵は、白紙の空間を巧みに使っている。 自分を綺麗に描こうとしないラスニッヒのアーティストとしての凄みや真実味を感じた。

彼女は自分が真実であると同時に虚偽であるということを知っている気さえする。 その虚偽でさえも描くことによって真実になりうる。

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Maria Lassnig, Two ways to be (Double selfportrait), Oil on Canvas, 2000, Maria Lassnig Stiftung Kunstmuseum Bonn

より幻想もリアルになっていく。 きっと幻想も突き詰めればいつかリアルになるのかもしれない。 彼女の作品がそう訴えているような気がした。

彼女は自分の体を媒体として捉え、私たちの存在とは何なのかと説いている様な気すらする。

ラスニッヒの晩年の代表作”Du oder Ich(あなたか私)”はその鑑賞者を含めて初めて作品が完成される(参照写真下)。

銃を自分と鑑賞者に向けたセルフポートレイトは見ているものに押し迫るくらいの迫力がある。永遠にラスニッヒが”Du oder Ich (あなたか私)”と問い迫る。

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Maria Lassnig, Du oder Ich, Oil on Canvas, 2005 Private collection, Kunstmuseum Bonn

ラスニッヒの作品を通して、言語化しづらい自分とその内奥の意識のビジュアル化というものにとても興味を持った。それは、意外性に飛ぶ色使いと"カタチ"の融合である。絵を描くことは彼女の自分発掘の場であり、それを展開する物語に過ぎない。

"セルフポートレイト(自画像)"と一言で言ったとしても、絵にされた彼女の物理的な姿かたちを見ている訳ではない。ここまで自分の内を"解剖解体"して作品を作るというのは容易ではないだろう。忙しい毎日に追われる私達が自分の内奥を意識し、毎日生きていくことはなかなか困難の様に

思う。もしそれに気付いたとしても、あえて無視して毎日を過ごした方が平穏で楽なのかもしれない。ステイング・アラート、見て見ぬ振りはできないかもしれない。

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Maria Lassnig, Three graces, Oil on Canvas, 2011,
Kunstmuseum Bonn Sammlung KLCo

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Maria Lassnig, self abstract/beehive self, Oil on Canvas, 1993, Maria Lassnig Stiftung, Kustmuseum Bonn

ボン美術館について

1947年に設立。コレクションはゲオルグ・バゼリッツ(Georg Baselitz)やヨーゼフ・ボイス(Joseph Beuys)の戦後のドイツ美術に重点を置き、またアウグスト・マッケ(August Macke)などのライン表現主義(Rhenish Expressionism)の作品も数々所蔵。ボンの"ミュージアムマイル(Museum Mile)"の一角を占 め、ドイツでは有数のコンテポラリーミュージアムとして知られている。

マリア・ラスニッヒについて

オーストリアのアーティスト(1919年9月8日ー2014年5月6日)。1988年にオーストリア国家大賞(Grand Austrian State Prize)を初の女性アーティストとして受賞。2005年にはオーストリア科学、芸術勲章を受賞。数々のセルフポートレイトで知られ、1980年から亡くなるまでウィーンで過ごし教壇に立つ。

「マリア・ラスニッヒ: ステイング・アラート」展情報

会期2022年2月10日~5月8日
会場ボン美術館
時間火曜~日曜日:午前11時~午後6時、水曜日:午前11時~午後9時
休館日月曜日
URLhttps://bit.ly/3JlxClx