尾道とマレーシアの10年間の往復
今回は広島県の尾道市立美術館で展覧会「NEW LANDSKAP」を開催中のシュシ・スライマン(Shooshie Sulaiman)さんへのインタビューをお送りします。
山本:現在行われている展覧会 NEW LANDSKAPは、2013年からAIR Onomichiによって行われている滞在制作の一環として行われているものであり、シュシはこの10年間、尾道とマレーシアを行ったり来たりしながら、まるで渡り鳥のように尾道での生活と制作を行なってきました。
尾道は故郷のムアールと似ていて懐かしい気持ちになるとのことですが、シュシの故郷であるムアールとはどのような場所なのでしょうか?
シュシ:私は1973年1月1日にムアールで生まれました。子供の頃の一番の思い出は、”Tanjung(川岸)”と呼ばれる海辺に行っていたことです。そこでカブトガニを捕まえる満月の夜はお祭りのようでした。そして昼間はムツゴロウを捕まえたり、一緒に遊んだりしていました。この2つの生き物は今でも川岸に生息していて、どちらも恐竜が生きていた時代から生き残っています。
ムアールは河口の街です。 とても美しい河口で、ムアール出身の人のほとんどは子供の頃の原風景としてこの景色を覚えています。毎日夕方になると、親たちは子供たちを連れて河岸を散歩したり、遊具で遊んだり、自転車に乗ったり、潮風を楽しんだり、河口の端で壮大な夕日を眺めたりするのです。
私は尾道のシドラハウスの前に広がる海と島々にも、よく似たノスタルジックな感情を覚えました。山手エリアは小さな路地が多く、路地を歩いていると時には他人の家の裏手に出てしまうこともあり、ムアールで過ごした子供時代を思い出します。尾道の風景は、瀬戸内海、島々、そして小さな路地からできていて、子供たちにとって自然の複雑さを感じられる夢のような景観です。ムアールには、河口の海の風景、川岸(Tanjung)そして私の故郷の村にあった裏道の遊び場など、同じような良さがあります。
山本:瀬戸内海にも数十年前まではたくさんの干潟があり、カブトガニが多く生息していました。カブトガニが生息するような干潟は河口付近の穏やかな海にできることが多いので、穏やかな瀬戸内海に接する尾道と穏やかな河口の町のムアールも似ているのでしょうね。
シュシ:ムアールという名前は、マレー語で河口を意味するMUARAからきています。シドラ(シュシの娘)が赤ん坊の頃から今に至るまで、ムアールの河口は私のお気に入りの場所です。一緒に魚を釣ったり、一緒に夕日を見たり、小さな伝統的なボートで漁師が魚を捕るのを見たり、あるいは小さなニッパ椰子の浮島に自分で名前をつけてみたりできる、子育てをしている人にとってパラダイスのような風景です。 私は渡り鳥(Layang-layang/燕)のようにこの先もムアールと尾道を行き来して、この2つの場所で年をとっていけたらと願っています。私は最も大切な風景から、自分の人生の知恵を見つけています。
山本:マレーシアの街並みや建物について調べてみると、マレー系原住民の高床式伝統建築、中華の要素が入った中国系住民の建物、インドの要素が入ったインド系住民の建物、植民地時代の建物、そしてそれらの要素が混然一体となった現代住宅など、複雑な歴史と多民族性の影響が街並みや建物に顕著に表れていることが日本人である私から見るととても興味深く感じました。
プロジェクトとして現在も尾道で改修が続けられているシドラハウスも、日本の様式とマレーシアの様式が組み合わさりながらリノベーションされており、マレーシア様式がもたらす違和感と風景への調和が絶妙な存在感を発しています。また、尾道市立美術館で行われているNEW LANDSKAPには解体された木造アパートをモチーフにして美術館の壁面に沿うように建てられた大規模なインスタレーションが展示されていますね。
尾道での滞在中は昔ながらの長屋を借りて住み、シドラハウスの改修にあたって多くの職人から日本の伝統的な建築技法を学ばれ、展示では家屋が主要なモチーフとして扱われていますが、シュシは日本の木造家屋にはどのような印象を持たれているのでしょうか?
シュシ:私はまず日本の瓦に恋をしました。褪せた自然なグレーの色が素晴らしく、陽が当たるとキラキラと輝く部分もある。自然のコラボレーションの衝撃的な美しさ。また、こんなに重くて頑丈な瓦が、でこぼこした小さな岩や石(礎石)の上に立てられた、こじんまりした高床式の家のてっぺんに載っていることにも驚きました。瓦を一枚ずつ取り出してみると、瓦は土で接着されており、屋根をさらに重くしているではありませんか!小さな高床式の家にこんなに重い屋根を載せているなんて信じがたいです。
シドラ・ハウス・プロジェクトの最も重要な部分は、プロセスと時間を謳歌することです。これは私が意図することの核心部分であり、それは abandon(遺棄)を理解し、そこから知識を生み出していくためです。
私は解体作業をじっくりと観察していきました。私は外国人としての視点と共に廃墟の解体をおこなっていたため、家の材料のちょっとしたことでも私にとっては驚きの連続でした。廃墟の中の空気にさえ、私はいつもと違う匂いや感覚を感じました。
瓦の解体が終わると、今度は床の発掘調査にとりかかり、畳と床の格子構造が上部の重さを安定させる大きなポイントになっていることに気づきました。また、垂直な土壁も、床の構造と同様に上部の重量を支える大きな役割を果たしています。何年もかけて床(および地面)から発掘されたものは、アーカイブルームに欠けることなく展示され、その内容を充実させています。歴史的背景も何もない普通の民家に対して、このように調査や記録を行うことは普通ではあり得ない行動です。この家は小さな元八百屋の廃墟でしかありませんが、私にとっては ordinary(日常・平凡・普通)が最も貴重な生活環境なのです。したがって、日本の伝統的な家屋を目の当たりにし、体験するのに、10年という時間は決して長くありませんでした。私は今もますます感動を深めていっています。もし、あなたがこの美術館(展示)を特別なものだと感じているのなら、それは ordinary から生まれてきているものだと私は思います。私たちは普通からしか普通でないものを理解することができない。これが調和の原則なのです。
山本:尾道での滞在で特に印象に残っていることや、制作活動に強く影響を与えた出来事は何でしょうか?
シュシ:私には、新しいことを始めるたびに必ず試している仕事の方式があります。私はそれを「tingkah laku asal」(先住民の作法)と呼んでいます。それは、自然や風景に対して私たちがどう向き合っていたかという最初の起源に立ち戻ることです。風景の中には、動植物、人間、空、太陽、月、星、風、海、大地があります。それらを共有すること、共に生きること、必要なものだけを手に入れること、絆、尊敬、そして恒久的な関係を持つこと、それが先住民の作法です。
驚くべきことに、尾道ではそれらがとても上手くいっています。私は今までここで経験したような、芸術制作におけるこれほどの美しさと一体感を感じたことがありません。私は多くの人にこう言います。「美しい風景を毎日見て生活していれば、やがて人間も美しくなれるだろう」。尾道はまさにそんな場所です。尾道の風景は人を素直にします。それはとても素晴らしいことです。こんなにも一体感を感じながら大規模な作品制作をするのは、私のアーティスト人生で初めてのことです。私はアートイベントのためにここにいるのではなく、ここで生きているのだと感じています。
山本:尾道でのプロジェクトは今回の展示で終わりというわけではなく、今後も続いていくとのことですが、今後の展望についてのビジョン、もしくは特に実現させたいことはありますか?
シュシ:尾道での時間は、人生の中でも特別な瞬間です。 今後のビジョンと言えるものはありませんが、ここでやりたいことはたくさんあります。(尾道とマレーシアの)10年間の往復は、私の習慣になりました。
まずは展覧会が終わった後に、展覧会に使用している材料をどうするかです。一部はパブリッククリエイティブセンターを作るために、あるものは星を見る場所を作るという構想のために使用し、現在も進行中のシドラハウスは abandon について考え学ぶオルタナティブスペースに、美術館の「山手の野良」の部屋に展示してある猫の骨は適切な場所に埋葬します。縄文に関するリサーチは尾道に自然博物館を作るという考えにエスカレートするかもしれません。村田さん(Siddra houseの大家)の茶室も村田四郎(村田家の祖先で尾道の文化人。尾道の縄文人の遺跡の発掘にも携わっている)にまつわる歴史的資料とともに展示されるでしょう。ほかにも東南アジアのハーブと植物のためのガラスの家(温室)を作るなど、やりたいことがたくさんあります。これらはすべて、将来の計画というよりは、私が尾道と共存しながら住み続けていくために必要なことなのです。笑
山本:インタビューにお答えいただきありがとうございました。やりたいことが本当にたくさんありますね。シュシの尾道での活動が今後どのようになっていくのかとても楽しみです。
シュシ・スライマン / Shooshie Sulaiman プロフィール
1973年マレーシア、ムアール生まれ。1996年マラ技術大学にて美術学士号取得。その後マレーシア国立美術館のYoung Contemporaries Awardを受賞し、ドクメンタ12(2007)、アジア太平洋現代美術トリエンナーレ(2009)、光州ビエンナーレ(2014)、シンガポール・ビエンナーレ(2011、2022)に参加するなど国際的に活躍。
日本では1998年に茨城のアーカスプロジェクトに参加したほか、「エモーショナル・ドローイング」(東京国立近代美術館/京都国立近代美術館、2008)、「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」(国立新美術館/森美術館、東京、2017)、同年ヨコハマトリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴス」(横浜新美術館、神奈川)の出展で知られ、また、2013年から「AIR Onomichi」に継続して参加。主な個展に「Sulaiman itu Melayu/ Sulaiman was Malay」(小山登美夫ギャラリーシンガポール、2013)、「Malay Mawar」(カディスト美術財団、パリ、2016)、「Main Getah/Rubberscape」(Museum MACAN Children’s Art Space、ジャカルタ、2019)、「赤道の伝承」(小山登美夫ギャラリー、東京、2021)、「fake M.」(小山登美夫ギャラリー、東京、2023)など。
「NEW LANDSKAP」展概要
会期 | 2023年9月16日(土)~11月12日(日) |
時間 | 9:00~17:00(入館は16:30まで。10月7日のみ20:00まで開館) 別会場の光明寺會館、シドラハウス、書斎(ライティングスタジオ)は会期中の土日祝日の11:00~17:00のみオープン。入場無料。 |
休館日 | 月曜日休館(10/9日の祝日は開館) |
会場 | 尾道市立美術館 尾道市西土堂町17-19 千光寺公園内 |
別会場 | 光明寺會館 尾道市東土堂町 2-1 シドラハウス 尾道市西土堂町 13-38 書斎(ライティングスタジオ) 尾道市西土堂町10 |
観覧料 | 一般 800円、学生 550円、中学生以下無料 |
URL | https://bit.ly/3rDrh2f |