美術史をたどる美術館5選

ロンドンは、美術史の教科書のような都市だと思う。古代から現代までの美術を、ひとつの街の中でたどることができるからだ。

数千年前の古代世界に思いを馳せるなら、大英博物館へ。誰もが一度は目にしたことのある名作に出会うなら、ナショナル・ギャラリーへ。そして、現代アートに触れるならテート・モダンへ。ロンドンを歩けば、美術史の大きな流れを自然と体感できる。

本記事では、ロンドンに一年間留学し美術史を学ぶ筆者が、特におすすめしたい美術館とそれぞれの館でぜひ見てほしい一作を紹介する。

  • 大英博物館
パルテノン・フリーズ
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《パルテノン・フリーズ》前438–前432年頃、大英博物館、ロンドン。© The Trustees of the British Museum. CC BY-NC-SA 4.0.

古代美術に触れるなら、大英博物館に行くのがベスト。古代ギリシャ・ローマやエジプト、メソポタミアなど、世界各地の遺物が集まる巨大な博物館となっている。

大英博物館で外せないのは、アテネのパルテノン神殿を飾っていた《パルテノン・フリーズ》である。紀元前5世紀、クラシック期のギリシャ美術を代表する浮彫で、大パナテナイア祭の行列を表しているとされる。

ここでは、神々が人間よりもひときわ大きく表されている一方で、談笑し、くつろぐような姿で描かれている(写真左からヘラ、ゼウス)。女神アテナの誕生を祝うために集った神々と、祭礼の準備をする人々。神話上の主題と、現実の祭礼の様子が重なり合う場面である。

一方、この作品は返還問題とも切り離せない。本来置かれていたアテネから、遠く離れたロンドンで展示されるということ。美術館が何を、どこで、誰のものとして展示するのかを考えさせられる。

  • ナショナル・ギャラリー
ヤン・ファン・エイク《アルノルフィーニ夫妻像》
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ヤン・ファン・エイク《アルノルフィーニ夫妻像》1434年、ナショナル・ギャラリー、ロンドン。© The National Gallery, London. CC BY-NC-ND 4.0.

ロンドンで西洋絵画を見るなら、ナショナル・ギャラリーは外せない。中世後期からルネサンス、バロック、19世紀絵画まで、西洋絵画の流れを一気にたどることができる。

特に一推しは、《アルノルフィーニ夫妻像》。1434年にヤン・ファン・エイクによって描かれた、アルプス以北のルネサンス絵画を代表する作品だ。

室内に立つ男女。迫真性をもって描かれた履物や蝋燭、奥の壁の凸面鏡。小さな画面の中に、驚くほど細かなものが描き込まれている。

この絵画を見る際には、特に鏡に注目して見ていただきたい。そこには、画面のこちら側にいる人物まで映り込んでいる。この人物は画家であるヤン自身とされており、鏡上部の銘文からこの夫妻の婚姻の証人となっていたようだ。教科書でよく見る作品だが、実際目にしてみると、その密度には改めて驚かされる。

  • コートールド・ギャラリー
マネ《フォリー・ベルジェールのバー》
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エドゥアール・マネ《フォリー・ベルジェールのバー》1882年、コートールド・ギャラリー、ロンドン(Samuel Courtauld Trust)。Image courtesy of the Courtauld.

印象派やポスト印象派を見たいなら、コートールド・ギャラリーがおすすめ。規模が大きすぎず、短時間でも名品を味わいやすい。

ここで見たいのは、エドゥアール・マネの《フォリー・ベルジェールのバー》。1882年のサロンに出品された、マネ晩年の代表作だ。

パリの音楽劇場、フォリー・ベルジェールのバーに立つ虚な目の女性。背後の鏡には客席のざわめきが映し出されるが、その反射は辻褄が合わない。華やかな近代都市の一場面でありながら、どこかちぐはぐで、都市に生きる人間の孤独を感じさせる作品である。

  • テート・ブリテン
ロセッティ《ベアタ・ベアトリクス》
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ダンテ・ガブリエル・ロセッティ《ベアタ・ベアトリクス》1864–70年頃、テート・ブリテン、ロンドン、Presented by Georgiana, Baroness Mount-Temple in memory of her husband, Francis, Baron Mount-Temple 1889. Photo: Tate.

テート・ブリテンは、英国美術を見るための美術館である。ターナーやラファエル前派、近現代の英国美術まで、英国ならではの流れをたどることができる。

個人的に推したいのは、ダンテ・ガブリエル・ロセッティの《ベアタ・ベアトリクス》。ロセッティは、19世紀イギリスのラファエル前派を代表する画家のひとりである。

この作品は、ダンテの『新生』に登場するベアトリーチェを主題にしたもの。モデルには、ロセッティの妻エリザベス・シダルの面影が重ねられている。目を閉じ、光に包まれるように座る姿は、記憶の中に浮かぶ幻のようだ。愛と死が重なり合う、ロセッティらしい一作だと思う。

  • テート・モダン
ファラー・アル・カーシミ
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ファラー・アル・カーシミ《Living Room Vape》、2016年、テート・モダン、ロンドン。© Farah Al Qasimi. Photo: Tate

現代アートを見るなら、テート・モダンは外せない。かつて発電所だった建物を改装した巨大な美術館で、1900年以降の国際的な近現代美術を扱っている。

ここで個人的に紹介したいのは、ファラー・アル・カーシミの作品である。1991年にアブダビで生まれたUAE出身のアーティストで、写真や映像を通して、日常の空間や装飾、ポストコロニアルなアイデンティティを扱っている。

彼女の作品には、鮮やかな色彩やきらめく質感、室内の装飾、生活の気配があふれている。一見するとポップでかわいらしいが、そこには撮影者の意図が隠されている。誰の空間なのか。誰が見ているのか。どの文化に属しているのか。日用品や装飾の中に、複数の文化が混ざり合う感覚が写し出される。

現代アートを、視覚とコンテクストの両方から楽しめる入口として、おすすめしたい。

おわりに

今回紹介した美術館と作品は、ロンドンで出会える芸術のほんの一部にすぎない。ロンドンには大規模なミュージアムだけでなく、私邸を改装した美術館や、小さな私設ギャラリーも数多くある。

この記事が、それぞれの関心に合わせて美術館や作品をめぐる旅に出る、ひとつのきっかけになれば嬉しい。