「水上の小さな家」がもたらすサステナブルな住空間

地球温暖化、地域紛争、エネルギー問題などに加え、パンデミックによる渡航制限の影響もあって、世の中では、高いレベルでの自給自足エネルギーが保証され、困難な状況下でも移動可能な居住スペース実現への要求が、いつになく高まっている。北京の建築事務所、クロスバウンダリーズは、ソーラー発電のモーターボートを、居住機能を備えたタイニーハウスへと改造した。この船の、バスのような外観を気に入って購入した新しいオーナーは、家族や友人を招くのに充分なスペースに期待を寄せ、中国語で「リラックス」を意味する「Fàng Sōng (放松)」と船を名付けた。

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Tiny home on the water. Photo credit: Johanna Link

空間の可動性

建築の巡回性は、初めは必要に迫られて生まれたものであるが、近年は積極的に求められることが増えてきた。建築において今熱く議論されているのは、「公と個」、「一時と永久」の概念である。住居=不動産が定説であった時代から、今は住居を流動性のある所有物のひとつとして捉える考え方にシフトしている。

都市生活の魅力のひとつは、必要なものやサービスに容易にアクセスできることである。もし、それらすべてのサービスが自分の元にやってきたらどうだろうか?

―アーキグラム(Archigram)『The Walking City』(1964年)より

1961年に結成し1970年代初頭にかけて活躍したイギリスの前衛建築家集団のアーキグラム(Archigram)は、1964年の時点ですでにこの概念を提唱していた。

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The boat on tour. Photo credit: Johanna Link

コンパクト&フレキシブル

このコンパクトな空間は、各部屋が多機能を有する狭小住宅の柔軟性を試すのに最適の設定である。水辺という新たな魅力が付加されることで、従来の規範に挑戦しながら適応の可能性を探る、新境地へと導かれる。

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Cabinet with foldable desk. Photo credit: Johanna Link

船の全長約15m、最大幅4m強の空間には、連続性のある多目的空間が構築されている。クリエイティビティを讃える鮮やかな色使いで彩られた船内は、カスタマイズ性に優れた、高機能な仕掛けが各所に施されている。通常は完全に収納され、必要に応じて取り出せるベッドは、舵を覆い隠すように広げることができる。機械的な操縦版をベッドで視覚的に隠すことで、船内はリラックスできる居住スペースへと変身するのである。キッチンエリアには、ポップアップテーブルを装備。キャビネットに収納できる折畳み式の机もカスタムメイドし、在宅ワークが可能な環境が出来上がっている。

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Helmstand. Photo credit: Johanna Link

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Bed in use. Photo credit: Johanna Link

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Removable kitchen table. Photo credit: Johanna Link

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"Boat office" Photo credit: Johanna Link

高い技術力で実現したサステナブルな仕組み

マテリアルの品質と耐久性を追求した結果、施工には高いレベルの技術が要求された。結果重視のアプローチとバーチャルなプロジェクトマネジメントの実装の段階において、地元の熟練の大工たちが重要な役割を担うこととなった。ソーラー発電、熱源、水源、廃棄システム、これらを革新的に進化させることで実現した「スマートな自給パワー」は、この船の最大の特徴である。

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Afternoon sunlight coming in. Photo credit: Johanna Link

ソーラーパネルのお陰で、晴れた日には、船は完全に電力を自給自足できる(航続距離:一日平均50km)。アプリで遠隔操作できるペレットストーブが、再生可能エネルギーを利用して船内を温める。将来的には、浄水器と汚水処理装置機能を追加して長旅に対応できるようアップデートする予定だ。

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Backsplash in Kitchen area. Photo credit: Johanna Link

この「水上の小さな家」は、都市を構成する資源豊富なユニットのひとつとなることができる。いずれは、人々が過剰な所有物から解放され、高密度で質の高い空間に暮らすことで、より柔軟な生き方ができる理想的な世の中が訪れるかもしれない。

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On the outside deck. Photo credit: Johanna Link

クロスバウンダリーズについて

2005年、ビンケ・レンハートとドン・ハオによって、中国・北京に最初のオフィスを設立。2012年には、ビンケ・レンハートとアンティエ・ヴォイトによって、ドイツのフランクフルトにパートナーオフィスが設立され、世界の様々な地域から集まったメンバーが、小規模なインテリアデザインから大規模な建築プロジェクトまで、幅広く手掛けている。都市規模の建築からグラフィックデザイン、教育、プログラミング、イベント制作まで、クロスバウンダリーズはその名の通り、デザインと建築の広い分野で境界を越えた活動や対話を行っている。驚きの技術プロセスを用いながら、心地よい素材感と人間的な雰囲気を大事にした、永続性のある建築を世に送り出している。また、第15回ヴェネチア国際建築展(La Biennale di Venezia)や2018年の北京で展示された「China House Vision」などの理論研究プロジェクトにも取り組んでいる。さらに、現在の中国における建築に関する言説にも積極的に参加している。