自然と建築 フンデルトヴァッサー
ヨーロッパではサマーホリデーが始まり、コロナ禍で自粛を強いられていたドイツ人達は、自然を求めて森や山や湖に旅行へ出かけて行った。彼らは休みをとると、観光旅行というよりは自然を楽しみに行くようである。なぜドイツ人は自然や森が好きなのであろうか。
歴史をみると19世紀初頭のドイツでは、産業革命により森が荒廃したことで自然災害が起きていた。そうしたことから19世紀半ばには森林法が制定され、ドイツ人は森をつくり、守るようになっていった。今日の環境意識の高いドイツという国は、こういう背景から生まれたようである。グリム童話の舞台にもなっている森は、どうやら昔からドイツ人の文化やアイデンティティと深く結びついている場所のようだ。
今回はそんなドイツの隣の国、オーストリアの建築家であり環境活動家であったフンデルトヴァッサーを紹介する。
フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー (Friedensreich Hundertwasser) 1928-2000
オーストリアの芸術家であり、建築家・環境活動家としても国際的に活躍した。本名はフリードリヒ・シュトーヴァッサー。 「自然の中に直線は存在しない」という信念のもと、定規で引いた直線を嫌い、自由な曲線やカラフルな色を多用して、絵画や人間と自然との調和をテーマに有機的な建築をデザインした。「建築することによって地面から奪われた自然を、建築の上に還す」、「建築の外観は、自然の力を借りて初めて完成する」など自然と調和を目指したカラフルな建築が特徴的である。晩年は自然豊かなニュージーランドを拠点に活動した。
フンデルトヴァッサーハウス (Hundertwasserhaus) 1986
フンデルトヴァッサーがデザインしたウィーンの集合住宅。オーストリアの文化遺産となっている。大学や建築協会で、自然と人間が調和する建築を提唱していたフンデルトヴァッサーは、彼の理想を実現すべく、当時の連邦議会議長とウィーン市長から呼びかけられ、建築家達の協力のもと、この集合住宅をデザインした。
「自然の中に直線は存在しない」、「平らな床は機械のためのものであり、人間のための床はうねっていなければならない」という考えから、壁や床にも曲線を多用したデザインになっている。内部には、プレイルームや温室、レストラン、診療所など様々な施設が入っている。
フンデルトヴァッサーハウスの前には噴水があり、観光客や地元民で賑わっている。入口の天井や柱もカラフルなタイルで装飾されている。「建築することによって地面から奪われた自然を、建築の上に還す」ために、土や草で覆われた屋上からは木が植えられ、緑に覆われた建築になっている。室内も住民が自由に作り変えられ、家も変化し成長する、自然と共に生きる集合住宅である。この地に醜い建築が建つことを防げたという宣言のもと、フンデルトヴァッサーは設計料を受け取らなかった。
クンストハウス・ウィーン (Kunst Haus Wien) 1991
フンデルトヴァッサーハウスから少し歩いたところに建つ美術館。曲木家具トーネットの旧工場をフンデルトヴァッサーがデザインした。世界で唯一のフンデルトヴァッサー作品の常設展のほか、2つの展示室がある。1階にはカフェとショップ、地下にはギャラリーが設けられている。
正面のファサードは白と黒のタイルでゆがんだ市松模様状に装飾されており、窓などの既製品を除いて直線の目立たないデザインである。窓のサッシュや窓の間の円柱がカラフルに配色されている。
道路に面した窓やショップの入り口は、彼のデザインによく用いられるカラフルな陶器の円柱で装飾されている。エントランスには噴水があり、室内にも自然を採り込もうとしている。
中庭にはカフェがあり、壁も床も白と黒のタイルを基調に、一定の規則をもちながらランダムに装飾されている。中庭の壁面は緑の蔦で覆われており、自然に溶け込んだ建築になっている。装飾のいびつな曲線が、自由に伸びる蔦と不思議とよく馴染んでいる。
シュピッテラウ焼却場 (Müllverbrennungsanlage Spittelau) 1992
ウィーンの北部に位置する、フンデルトヴァッサーによってデザインされたゴミ焼却施設である。この廃棄物処理プラントは1987年に大規模な火災が発生した後、その外観の再デザインをフンデルトヴァッサーに依頼した。彼はもともと廃棄物焼却プラントに反対していたが、排出物を浄化されるための設備や地域暖房が供給されていること、また他に焼却場の代替手段がないことなどから、仕事を無償で引き受けた。このプラントからは、ウィーンの全アパートの3分の1の住居に熱が供給されている。彼の理念でもある環境保護をテーマに、廃棄物処理機能・エネルギー生産と芸術が融合されている。またウィーンは、世界一住みやすい都市、生活環境の良い都市に長年選ばれている。
この建築の特徴である、高さ126メートルの煙突には金色の球体が取り付けられており、ウィーンのひとつのランドマークになっている。球体の内部は測定装置になっており、煙突からはクリーンな水蒸気が排出される。
プラントの屋上も緑化されている。コントラストの強いカラフルな外観には、不規則に窓が配置され、その周りは色とりどりのタイルで装飾されている。
隣接するウィーンエネルギーのオフィスの建物にも、フンデルトヴァッサーのデザインが施されている。建物上部にはFernwärme Wien(地域熱供給 ウィーン)の看板が設置され、壁には赤い線が流れるように装飾がされている。屋上も緑化されている。この建物の足元には彼のデザインの特徴のひとつである、カラフルな陶器で装飾された列柱が配列されている。
フンデルトヴァッサーの作品は日本にもある。東京にはTBS本社の庭に21世紀カウントダウン時計(1992)が設置されている。大阪には、キッズプラザ大阪(1997)、舞洲工場(2001)、舞洲スラッジセンター(2004)をデザインしている。また日本の風呂敷を「美しく、環境に優しく、無駄がない」と惚れ込み、12種類の風呂敷をデザインした。
フンデルトヴァッサーの理念はスタジオジブリの宮崎駿にも影響を与えており、三鷹の森ジブリ美術館は宮崎駿のスケッチをもとに設計されているが、フンデルトヴァッサーの理念のように壁や屋上が緑化され、曲線の多いカラフルなデザインとなり、同じように自然に溶け込んだデザインになっている。
現在私はドイツのベルリンで、現代アーティスト・環境活動家と共に活動し、アートとデザイン、自然と人工の間とはなにかを模索している。そんな中で出会ったフンデルトヴァッサーの作品たちは、その回答のひとつであると感じている。カラフルで一風変わったデザインはやはり当時物議を醸したようだが、「建築の外観は、自然の力を借りて初めて完成する」という考えどおり、時が経つことで色が落ち着き、緑が生い茂っていく建築は、風景に馴染んでいくように感じた。
ドイツでも廃工場をそのまま公園にして再利用したり、さながらラピュタの世界のような、自然に取り込まれていく建築をよく目にする。エコロジーの先進国は建築にさえも自然を採り込んで、建築に命を与えているように感じる。このコロナ禍で、動物や植物、自然に触れたくなった人も多いのではないだろうか。これを機に自然と建築の共生について、考えてみてはいかがだろうか。