UAEの建築家 スマヤ・ダバグによる現代的なデザインのモスク
UAEを代表する女性建築家のスマヤ・ダバグが率いるダバグアーキテクツがデザインしたモスク「故モハメド・アブドゥルカリク・ガルガシュ モスク」が、アラブ首長国連邦のドバイに建設された。自然光を効果的に採り込んだ洗練されたミニマルなデザインは、混沌とした日々の中で、穏やかな悟りの境地に導いてくれる、現代のモスクを実現している。このモスクは、UAEで初めて女性建築家にデザインされたモスクとなる。
コミュニティの財産となるモスクは、ミニマルで現代的なものであってほしい、というのがガルガシュ一族の思いであった。ドバイの工業地帯であるアル・クオズの町で、静かに祈りを捧げられるスピリチュアルな場が求められていた。また、ダバグアーキテクツのサステナブルなアプローチにより、建物の素材は地域のものが採用された。石はオマーンから、コンクリートとアルミニウム、クラッディング(金属の覆い)、建具、セラミックはUAE内から調達された。
光のリズムが作る物質世界から精神世界への移行
外界の喧騒から段階的に異なる空間を移動して礼拝堂に向かうデザインアプローチは、物質的な世界から内面と向き合う礼拝の儀に至るまでの移行を重視したものだ。モスクの玄関を入ると、多孔デザインの屋根から差し込んだ光の通路が、沐浴のエリアへと礼拝者を誘導する。そこで体が清められ、礼拝の準備が整う。その先はロビースペースへと繋がっており、靴を脱ぐことで物質的なものを切り離していく。礼拝堂に入ると、パーテーションによって独立した空間で祈りの前のコーランの朗読を行う。この流れの中で、光が効果的に調整されており、礼拝に至るまでの準備を整える手助けをしてくれている。
イスラム教の礼拝は、様々なタイミングで一日を通して行われます。夜明け、正午、午後、日没、そして夜。この規律が、人間を自然のリズムに近づけます。モスクのデザインは、自然光を効果的にコントロールすることで、光との接触を通して育まれる人間と自然の繋がりを強化しています。
―スマヤ・ダバグ
スピリチュアルな世界観を増強する光のリズムは、次の3つのパターンによって形成されている。1つ目は、穿孔したドームの穴からの垂直方向の光。上から降り注ぐ光は、天との神聖な繋がりを表現している。2つ目は、ミフラー(礼拝時の方向を示す窪み状の設備)の裏から間接的に入る光。これにより、礼拝の方角が効果的に強調される。3つ目は、外壁の模様が作る、遊び心のある光。ファサードに掘られたパターンから入る光が、インテリアの装飾となっている。
伝統的な型にはまらないデザイン
ダバグアーキテクツは、複数のブロックを繋ぎ合わせて大きな建物を建てるイスラム建築の伝統的な型にはまることなく設計をした。モスクは主に、男性用と女性用に分かれた礼拝堂の建物と、沐浴設備やイマーム(イスラム寺院の導師)とムアッジン(祈祷時刻告知係)の住居がある建物の、2つだけのシンプルな造りになっている。この2つの建物は、中庭に設けられた天蓋によって繋がっている。また、伝統的なモスク建築にみられるミナレットと異なり、このモスクのミナレットは独立して建っている。
イスラム幾何学模様の再解釈とアラビア書道を用いた表現
建物には、伝統的なイスラム幾何学模様を現代風に再解釈した三角形のパターンが一貫して用いられている。建物のファサードは、三角形のパターンがプレスされたものと穿孔されたものが使用されており、ダイナミックな外観を実現している。穿孔から差し込む光が効果的に調整されることで、内部には神聖で落ち着いた空間が作られ、同時に内部の涼しさを保つ働きもある。フィルタリングされて差し込む光によってできる三角形のパターンは、壁やカーペット、照明器具などを照らし、空間に一体感を与えている。
アラビア書道も、この建物のデザインの重要な要素となっている。スーラ(コーランの「章」)が、礼拝堂の外側を包むように壁につづられている。スーラはもともと壁に囲まれていることを意味し、このモスクでは、スーラをつづった壁で包むことが、神聖な空間を守っているという比喩表現になっている。
ダバグアーキテクツについて
ダバグアーキテクツは、サウジアラビアの建築家 スマヤ・ダバグによって2008年、UAEに設立された建築デザイン事務所。伝統や環境に配慮したタイムレスな建築で、世の中にポジティブな働きかけを行っている。
スマヤは、湾岸地域での活動を通して、文化やジェンダーのギャップを埋めることを目指している。サウジアラビア、湾岸、そしてアラブ女性に対する偏見を打破し、その可能性を広げた第一人者でもある。サウジアラビアの同世代女性では珍しく建築を学んだ彼女は、UAEで建築事務所を立ち上げた初の女性であり、女性がいかに社会に影響を与え、変えていく力があるかを証明している。中東建築アワード(Middle East Architects Awards)の2019年最優秀賞を受賞しており、Tamayouz Awardの「偉業を達成した女性」のファイナリストとなった。