山下保博 x アトリエ・天工人の新作オフィスビル「ボルトン」
建築家、山下保博が代表をつとめる東京の建築設計事務所アトリエ・天工人(テクト)が、小売販売会社、ボルトン工業の新社屋を完成させた。マスクメロンの表皮を思わせるユニークな構造をもつこのプロジェクトは、日本の「マイクロ・アーキテクチャー」の魅力的な好例だ。
日本南部に位置する楽園のような奄美大島で育った山下は、「人間も含めた全てのモノが役割を持っていて、お互いがすごく近しい関係の中で、それぞれが活かされている」と言う。その考えは山下の建築には常に表現されており、設計事務所アトリエ・天工人の名称にも表れている。
天工人の「天」には、天国のような奄美大島のイメージが根底にあるのかもしれないが、山下の自然に馴染む建築へのアプローチを示している。これは他の著名な日本人建築家にもよく見られるコンセプトである。例えば隈研吾も、自然に対抗するのではなく、自然の力に寄り添う建築を目指している。
次の「工」は技術を表す語だが、天工人の場合は構造のテクニカルなイノベーション(今回のボルトンの大きな特徴のひとつ)だけでなく、地域素材の活用や構法の開発にもおよんでいる。
最後の「人」には、建築は人のためのものであり、全てのデザインは人々のニーズに強く結びついたものであるべきとの思いがこめられている。アトリエ・天工人は常に「人」を中心とし、プロジェクトに関わる意思決定は全員で考え、コラボレーションをデザインプロセスの核にすえている。
このボルトンの新社屋も、まずはクライアントとの綿密な対話からプロジェクトがはじまった。ボルトとナットを専門的に扱う業者であるクライアントの要望は、既存のオフィス兼倉庫からオフィスと倉庫、ショールーム機能を持つ新社屋への転換である。敷地は産業道路に面しており、騒音と交通による振動が課題であった。
そのため、耐火性と防音性に優れたコンクリートが構造として選ばれた。ボルトンが取り扱う商品(ボルトとナット)の単純にして複雑な形状に想を得て、山下はマスクメロンの表皮のような、入り組んだコンクリートのシェルを生み出した。
「目指したのは、一筆書きで出来ているような、連続する壁と三次元的につながる”抜け”の空間が同時に存在するような建築である。」
このプロジェクトにはごく初期の段階から、東京大学准教授の構造家、佐藤淳が関わっている。佐藤は、過去20年ほど日本の著名な建築物の構造設計の多くを手がけている優れた専門家だ。
このように、建設のプロセスに携わる全ての関係者が最初から手を組むことは、日本では良く見られる戦略だ。このプロジェクトの予算は平均的なコンクリート建築の約60%ほどであったため、山下は通常とは違う方法で建築費の見積に取り組むことにし、施工の松岡茂樹とともに、全体の予算をカテゴリーごとに分類してコストに見合う素材やディテールを決定していった。日本の伝説的な仏師の運慶と快慶は「木の中に眠っている形を探り当てる」と言っていたそうだが、それと似た設計プロセスを経て、通常よりも建物荷重を6割カットした構造体が削り出された。
その結果、「見えて来たのがこのマスクメロンのような構造体であった。まさに、仏を掘り出したような、研ぎ澄まされた、見たこともないような形が生まれた。」と、山下は言う。
最終的に生まれたのは、ガソリンスタンドに隣接した、産業・工業色の色濃く残る周辺環境やコストの制約にも関わらず、一際目を引く建築である。これもまた、日本の建築家の小さな空間・建築を構築する力量や、隠れた逸品を作り出す独特の才能を示す証左と言えるだろう。
マッテーオ・ベルフィオーレ